2009年4月29日水曜日

体罰基準

 教育は社会問題、経済問題、社会の思想、民衆がふらつく意識と切り離せない。とても影響される。

 昨日ニュースで学校教育における体罰に関する最高裁判決(初めての判断だという)を見た。
 私の友人A君は「学校教育における体罰」についての論文で学位を得た。A君によれば体罰であるかないかの<基準がない>日本の公教育現場は大変だ。日本の学校教師は法のあいまいな体罰禁止条項と抽象的な表現の文部科学省通知だけで動いているという。

 熊本県の14歳が訴えていた裁判の昨日の判決は、教師の行為を体罰に当たらないとしたものの、基準を示していない。国は早く体罰基準を示すべきだろう。
 この判決に関するいくつかの報道を読んだ。ひどいのは毎日新聞。堀尾輝久・東大(教育法学)の話を掲載し、

1 「児童の胸ぐらをつかむ行為は肉体的苦痛や強い恐怖心を与えるもので、指導ではなく体罰に当たるのではないか。」
2 「教師はまず第一に子どもとの信頼関係の構築を心がけるべきで、「体罰基準」の解釈にとらわれ過ぎるべきではない。」
と報じた。

1について
 私は、「絶対に恐怖心を与えない指導」を目指したら、子どもを叱ることはできないと思う。叱るということは、感情のぶつかり合いだ。
2について
 友人A君によれば、信頼関係の構築は体罰場面と別の問題。因果関係がないわけではないが、必要なコンディションではない。信頼関係が構築されつつも必要な体罰があるという。
 体罰基準の解釈こそ重要で、国が早急にしなければならないこと。(教育再生会議でも指摘されている)

 車の運転において、交通違反とはなにか、具体的な基準があるから運転できる。「危険のないように運転するべき」「場に応じた運転するべき」などと言われ、その場ごとに判断するのでは、違反のない運転はできない。交通違反の基準があいまいな場合、運転者が絶対に違反しないためには、そうとう萎縮した運転になる。学校教育は体罰禁止のあいまいな表現のために、基準を示さないために、萎縮している。判決の中で、「社会通念に照らし教育的指導の範囲を逸脱するもの」が体罰なのだそうで、そんな不明朗な基準で日々の具体的な生徒の問題行動に対応するのが今の学校(特に公立校)の教師だ。
 昨年度は教師への志望者が減り、東京都では小学校で試験倍率が2倍を切った。県によっては他県にまで試験会場を確保しているという。ワガママな子どもたち、保護者、法の未整備、教師への責任転嫁、縦社会、不人気はあたりまえの話だ。採用試験倍率が下がれば教師の質が下がるのは当然だ。2倍以下では相当のつわものが合格してしまうと採用人事担当に聞いたことがある。面接をしても見抜けないという。

私が読んだニュースではAsahi.com が、もっともすっきり事実を伝えていた。
特に、この子は、「廊下を通った数名の女子をけったこと。」「それを注意した教師を2度けったこと。」

この子は、発達障害を疑うべきだ。

 偉いのは熊本県天草市、及び同教育委員会だ。地裁1審、高裁2審は教師の体罰と認め、市が上告していた。市側は「必要に応じて生徒に一定の限度内で有形力(目に見える物理的な力)を行使することが許されなければ、教育は硬直化する」と主張したという。これは学校教育法第11条でいう懲戒権の範囲を超える主張だと思う。2審の21万円の支払に妥協せず、最高裁まで上告した市当局は立派なものだと思う。原告側は「肩に手を置き向き合って説諭するなどほかに適切な行為を取ることができた。」と反論していた。

 説諭なんてことをやる場面と、きちんと怒る場面は違う。怖くない教育ばかりではだめだ。暴力場面でさえ「説諭」なんてことを言っているから「どうして人を殺してはいけないんですか」などという質問をする子どもが育つ。小中学校では、文科省に報告があった明らかになっているだけで年間5万人を超える児童生徒が暴力事件を起こしている。隠れた暴力行為は20万件になるだろうといわれる。それに対して、<教師が感情的になってはいけない、説諭するだけ>そんな指導で教育効果が上がるとは思えない。問題は個々の教師でも学校長でも、教育委員会でもない。国なのだ。文部行政なのだ。

先のA君がいう、
 学校教育は硬直化、萎縮化、縦系統が強化している。
 社会で通用している常識が、学校だけは別だ。
 子どもはまず女子生徒を蹴り、注意した先生の尻を蹴った。そんなことをすれば、胸ぐらをつかまれるのはあたりまえ。教師が大声で「もう、すんなよ!」と注意したもあたりまえの良い指導だ。
 駅で同じことを目撃した大人が注意したらどうか。注意して大人がけられたらどうか。見て見ぬふりをせず、他人の子でもきちんと指導すべきではないだろうか。

 判決文では、男児の母親は教師を刑事告訴しており、判決も「男児の母親が長期にわたり、学校関係者に対して極めて激しい抗議行動を続けた」と言及している。訴訟の背景に保護者の過剰なクレームがあったようだ。この教師は、講師であった。今は学校を辞めているだろうし、当時の校長は退職しているだろうが、大変な7年間だっただろう。
 この親子は
1 地域社会に対し、学校教育を混乱せしめ
2 裁判に負けて多大の裁判費用負担が科せられ
3 子にとっては義務教育期の重要な成長を妨げられた
4 懲戒の範囲について、少しは文科省行政に影響を与える判例を示した

判決文
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090428113912.pdf

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