2013年12月22日日曜日

良寛、リジューの聖テレーズ、パリ外国宣教会②

 1844年パリ外国宣教会は日本宣教を計画していた。1858修好通商条約を締結し、外国人居留地内に限って教会建設を認めた。パリ外国宣教会は1859ジラール神父を来日させた。1864大浦天主堂完成。1865年隠れキリシタンの存在が明らかになった。250年間ぶりの布教となった。
 シルバン・ブスケは1901年に叙階してから、大阪に着任することになり、リジュ―のカルメル会修道院に祈りを願っていた。すでに亡くなっていたテレーズの姉アニェスからの返事は、
「妹はあなたといっしょに宣教地へ赴き、そこでの宣教を助けるでしょう」
 着任するとすぐ、ブスケ師はテレーズの伝記『ある霊魂の物語』を訳し出版した。マルモニエ師もまた1898年に出版された 『ある霊魂の物語』 に心うたれていた。彼は『ある霊魂の物語』日本語訳を1,500刷り1911年カルメル会修道院に書き送った。

良寛、リジューの聖テレーズ、パリ外国宣教会①

 良寛の住んでいた地方に大地震があった。良寛の手紙。
「地震は信に大変に候。野僧草庵は何事なく、親類中、死人もなく、めでたく存じ候。
うちつけにしなばしなずてながらえて かかるうきめを見るがわびしさ
しかし災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。かしこ」

 フランスのリジューの聖テレーズ(列聖1925年)には、マリー院長からパリ外国宣教会ルーラン神学生を霊的兄弟として与えられた。テレーズのルーラン神学生(神父)への手紙。
「完全な愛に至るのは易しく思われます。自分が無にすぎないことを認めて幼子のように神様のみ腕に自分をゆだねさえすればよいのです。」
「あなたとごいっしょに、人々の救いのために働けるのは、本当にうれしいことです。私がカルメル会修道女となったのも、このためでした。活動の宣教者となることはできませんので、私も、私たちの母聖テレサのように、愛と苦行とによって、宣教者になりたいと思いました。」

ルーラン師はテレーズに祈りを願っていたようだ。テレーズはカルメル会の修道院で、24歳の生涯を閉じた。幼子の道、神様への信頼は良寛の重なる。自分の無力さを認め、神様のあわれみに信頼をおいて自分をゆだねること。

「子どもたちを私のところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」(マルコ10・14)

テレーズはマリア様に頼ったのですが、聖母は思いがけない出来事あうと、「なぜ」と神様に問うことなく、わからないままにみ旨を受け入れ、己を委ねて生きました。

2013年12月7日土曜日

きよき きよき

 シューベルト「ドイツミサ曲」は、プロテスタントのキリスト教徒では讃美歌集で歌うようですが、カトリックでもカトリック聖歌集にあります。最近はミサでも聖歌集を歌わないので悲しいです。

 この曲は美しすぎます。

 ドイツ語は分かりませんが、讃美歌のほうが忠実な訳かもしれません。でも、カトリックの訳が私は好きで、なんかカトリックっぽいなと思います。

ドイツ語 プロテスタント訳

Heilig, heilig, heilig, 聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
heilig ist der Herr! 主は聖なるかな
Heilig, heilig, heilig,  聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
heilig ist nur Er! 主のみ聖なり
Er, der nie begonnen, 主には初めがなく
Er, der immer war, 常におわしまし
ewig ist und waltet, 永遠に統べ治められる
sein wird immerdar. 主は永遠なり

Heilig, heilig, heilig, 聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
heilig ist der Herr! 主は聖なるかな
Heilig, heilig, heilig,  聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
heilig ist nur Er! 主のみ聖なり
Allmacht! Wunder! Liebe! 全能、奇跡、愛
Alles ringsumher! 全てを天と地に!
Heilig, heilig, heilig, 聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
heilig ist der Herr! 主は聖なるかな

カトリック聖歌集では、

聖ききよき 聖き我が主 (きよき きよき きよき わがしゅ)
きよき聖き わがきみよ (きよき きよき わが きみよ)
常世の光明 かがやきて (とこよの ひかり かがやきて)
我等を常に 統べたもう (われらを つねに すべたもう)