2009年3月8日日曜日

日経平均6000円あり

日経平均は7,173.10円 前日比-260.39(-3.50%)
これは、2003年頃の安値を割りつつある。
ここまで来るとだいたい底値だという人もある。
しかし、6,000円だってあり得る、もしかしたら5,000円もある。
麻生首相は、今回の金融不安や住宅バブル崩壊に端を発する不良債権と経済不況は日本が最も痛手が小さいと言っていた。
はたしてそうか。

輸出依存、しかも対米依存の高い日本経済が、アメリカの不良債権400兆円の痛手を大きく被らないはずはないと思うし、そうなれば日本の株価は今の7,000円台は高すぎる。

かつて、失われた10年とか15年とか言った1990年代の日本の不良債権は、43.2兆円に達した。国家予算82兆円(一般会計)の70%を占めた。

米国はどうか。
米国は軍事予算50兆円と、大変な国力をもつ。
国家予算は350兆円とも言われるから、今回の不良債権400兆円は、国家予算を上回っているのだ。
甘い事態ではないのだ。だから私は、今、株を売っている。空売りは株が下がって儲かるシステム。どうなるかは分からないが、今のところうまくいっている。

国を思えば、のんびりしていられない。日本は本気で早く対策をしないと、とんでもないことになる。ただ景気が悪いと言うだけではない。大きな不景気は、猛烈な税収減を招き、真っ先に教育、福祉を削る。年金が少なくなるとか、公的保険料が高くなる程度ではなくなる。年金は出なくなるのだ。保険は日本の誇る皆保険が維持できなくなるのだ。
やっと消費を維持している公務員階層でさえ、給与は大幅に減ぜられ遅配となり、教育は経済力の格差がその機会均等を維持できなくなる。杞憂ではない。歴史をみよ。そういう時代があったではないか。
戦前は金がないから旧制中学(現、高等学校)に行けないというのはよくある話であった。もう少し前、昭和初期は、米を持っていけない者は修学旅行に行けなかった。そういう学童がどのクラスにもいたのである。戦前、大学に進学できる条件は能力よりも経済力だった。

私は、今の日本の大学進学率が高いと思っている。それほど行かなくていいんじゃないかと。昨日の新聞でも犯罪に手を染める大学生の多さが報道されていた。何をしに行っているのだろう。しかし、学問のために行きたいなら、経済力ではなく能力に応じて行けるような社会が望ましい。

一昨日は、職場で外国から来ている労働者の多さ、それに関わる日本の今後のあり方などを同僚と話した。すがすがしいものである。もっとこういう論議ができないものだろうか。天下、国家を憂える心は、自分勝手な感情だろうか。多くの人が自由になる大事な時間帯に、テレビではどうしてくだらない番組ばかりやっているのだろうか。
あの時の話題で日本の失った文化という点で、つらつら思うには、公共心があげられると思う。戦後、急速に失った。自分がよければいい、他者を忖度しない。さらには、国がなくては私たちは生きられないのに、国を大事に考える教育をしてこなかった。私は最近これを思う。(しかし国旗国歌はいまだにしっくりこない私だ)
みんなのために、無償で働く。みんなのものを大事にする。民生委員、児童委員、保護司、人権擁護委員、町内会長、そんな人達は公職なのであって、その無償の組織が全国で活動している、そんな国が他にあるのだろうか。アメリカ人のように目立った寄付をするわけではない。黙って、誰が民生委員なのか、誰が保護司として厚生事業に奔走しているのか、あまり周囲に知られずにあたりまえのように奉仕をしている。昨年、近所の方が一億円を行政に寄付した。ほとんど周囲に知られなかった行為だが、彼はそれでよしとしているだろう。彼の家は40坪の土地に小さな平屋の質素なものだ。

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