2010年12月31日金曜日

神社の歴史と日本のカトリックの歴史

栃木県の太平山神社は天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)など多くの神を祀る。
慈覚大師は827年入山した。静けさは格別だ。

カトリックが日本に来たのは1549年、フランシスコ/ザビエル。
私たちの教会は、まだ60年。

石畳一つ、杉の大木一つさえ、歴史が違う。

インマヌエル

カトリックの典礼は、聖書の朗読と説教が、ある位置を占める。
典礼歴では、過日は待降節第4主日。
インマヌエルなる神の話。
ヘブライ語で、Immanuelは、イザヤ書とマタイによる福音にある。
immanuel=「神は我々と共にある」

ミサ説教は、我々と共にある神。意味深い話だった。
一人の神父が一つのミサで、日本語と英語を使い分け、重要なところは両方の言語で話す。
イタリア語、日本語、英語、スペイン語、ラテン語、・・いったい神父様は何カ国語を話されるのか。

神様のカルテ

「神様のカルテ」1,2を読む。
2のほうが内容がよかった。
最近、勤務医が本をよく書き、よく売れる。
この著者は信州大学。
この間は秋田大学出身の方のものを読んだ。いずれも牧歌的な情景が浮かぶ。
熊本大学の救急救命医も書いているようだが、まだ読んでいない。

30-40歳が多い。医師5年~10年というのは一番脂がのっているのだろう。

医師の日常用語が出てくるし、ちょっと別の世界を感じ、白い巨塔もそれほど楽しいことばかりでもなく、儲かりそうでもないと思われる。さらに人道的で牧歌的な内容だから売れる。
しかし、こんな小説を書いていられる暇があるのはうらやましい。彼らの所得を知ったら、素直に読めないだろう。本で書いている質素な生活は一面だろう。

2010年12月26日日曜日

最近のお気に入り

最近のお気に入り典礼聖歌は
神よあなたの顔の光を 詩編4 典礼聖歌70
いのちあるすべてのものに 詩編145 典礼聖歌17

2010年12月23日木曜日

ロザリオ

ロザリオが好きでいろいろ買ってしまう。
木のロザリオ、輸入だろう。ベツレヘムと書いてある。
シスターには、私が「数珠」と言って笑われた。
「すり切れるほど使って、祈りなさい」
とシスターはおっしゃった。
祝別していただいて、うれしい。
実践している人の言葉は強い。

今日は教会へ行き、神父様とその尊父とご家族のために祈った。
神父様は偉大な方だと思う。
何だかわからないけれど、私はこの道を行くしかないのだと思う。

2010年12月19日日曜日

教会がテレビに

所属の教会がテレビに出るとか。
東映からドラマの撮影依頼があった、どうしようか、教会内で話し合った。

いいんじゃないか、
内容がどうか、
司教様に許可を頂こう、
宣教の一つになればいい、
神父様もシスターも出演したらどうか、
後ろで掃除でもやっていたら映るんじゃないか。

など、おもしろい話し合いだった。
結局受けることになりそうだ。

ゆるしの秘跡

昨日黙想があり、その後の告解が受けられたが、仕事で受けられなかった。今日、告解ともいわれてきた「ゆるしの秘跡」を受けた。
カトリック教会は七つの秘跡を大切にしている。
告解はその一つだ。
司祭は秘密を守る。秘密を漏らせば破門であり、その重要性を知っている。
だから安心して告白できる。

「告解後のすがすがしさは、経験しないとわからない」と、井上洋治神父は書いている。復活祭の前の告解では感じ無かったが、今回はちょっとわかる気がした。

2010年12月12日日曜日

アベ・マリアの祈り

カトリック教会の祈りは、信仰宣言、主の祈り、聖母マリアの祈りが大切。
12月8日は、無原罪の聖母マリアの祝日。この日に、日本カトリック司教協議会は、聖母マリアの祈りを改訂すると発表した。今日のミサで神父様から話があった。

天使祝詞

めでたし、聖寵充ち満てるマリア、
主御身と共にまします。
御身は女のうちにて祝せられ、
御胎内の御子イエズスも祝せられ給う。
天主の御母聖マリア、
罪人なるわれらのために、
今も臨終の時も祈り給え。
アーメン。
(1958 年~)

聖母マリアへの祈り
恵みあふれる聖マリア、
主はあなたとともにおられます。
主はあなたを選び、祝福し、
あなたの子イエスも祝福されました。
神の母聖マリア、
罪深いわたしたちのために、
今も、死を迎える時も祈ってください。
アーメン。
(1993 年~)

アヴェ・マリアの祈り

(試用版)
アヴェ・マリア、恵みに満みちた方、
主はあなたとともにおられます。
あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。
神の母聖マリア、
罪深いわたしたちのために、
今も、死を迎える時も祈ってください。
アーメン。

後半はかわらないが、「女のうちで」「ご胎内の」というところは、昔に戻ったようだ。

「めでたし」を唱えましょうといっていたのが、「めぐみあふれる」となり、「アヴェ・マリア」を唱えましょう、と言い合うようになるのだろう。

覚え、慣れ、味わうようになるには、時間がかかりそうだ。
アヴェは、めでたしということだろうからいいのかもしれない。